2012年04月26日

感謝の手紙

「感謝の手紙」


 「山田経営維新塾」第1回の講義を4月13日、静岡市内のホテルで開きました。テーマは「感謝」です。
 「『維新塾』と言いながら、また古臭いお題目を」と思われたでしょうか。「経営の根幹は感謝の心だ?そんなこと、言われなくても知っているよ」と思った人もいるでしょう。では、やってご覧なさい。
 「感謝」という言葉ほど楽な言葉はありません。「感謝セール」などと商売の用語としてもよく使われます。ではあなたは人によく「ありがとう」と言いますか?道行く人たちに、あるいは社内ですれ違う人に「おはようございます」「こんにちは」と声を掛けますか?
「やってるよ」という人にはこれ以上、説明する必要がありません。合格です。
 でも、実際にやっている人は少ないと思います。ありがとうやあいさつは、やって当たり前。人間性の根幹などと大げさな話でなく、自然にできなければ品性が疑われます。ところが、疑う事例が少なくない。
「感謝」も同じです。人や自然への感謝、自分が生きていることに感謝の気持ちがあれば、ありがとうもあいさつも自然に出てくるはずです。
 昨年3月11日の震災以降、自分は生きているではなく、生かされて生きていることに多くの人が気づきました。「当たり前の生活」がいかに大切なものであったか。家族という当たり前の人間関係が、実はかけがえのないきずなだった。こういうことを体感すると人は謙虚になります。すると感謝の念がわいてくる。

 しかし、人間というものは大切なことでもすぐ忘れてしまいます。抹香臭いことを言うつもりではありません、脳の機能としてそれが自然なのです。だから、心に決めてもすぐに忘れる。心あらたまったつもりで朝のあいさつを始めても、相手からの反応がなければばかばかしくなってしまう。三日坊主。よく言ったものです。決心、決意はなかなか3日ももたずに崩れていきます。
 午後の講義で、「トイレ磨きがこころ磨きに通じる」と毎日それを実践している強烈な個性の持ち主の社長さんの講義を入れました。刺激は十分。塾生たちの目の色が変わりました。その後に、「感謝の手紙」を塾生に書いてもらいました。持ち時間は30分。短い中で親や上司などへの感謝の気持ちをまとめる、と言うのが課題です。
 30分後、「読める人はいますか?」と声掛けすると塾生12人中6人が手を挙げました。順に読んでもらうと何度か胸にグッと来て、わたしは少々動揺しました。
 最初の手紙には、わたしの亡き盟友の話が出てきました。彼とのことを瞬間思いだし、思わず取り乱してしまったのです。彼の志がしっかり次の世代のリーダーに伝わっていることに胸を打たれました。
 父子の葛藤のことを書いた塾生もいます。神のよう憧れていた父に「会社に入ってくれ」と言われ手伝うようになり、父親の人間らしい弱さに触れてショックを受けたこと、そして反抗…。「あなたとは違う」を懸命にアピールしぶつかりあったこと。その中で知った父の愛。こういった話にも心を揺すぶられました。
 震災後、夫婦で被災地に行ったふたりもいます。ふたりで塾に参加され、奥さんは手紙で夫への感謝を次のように書きました。
 「会社があること、家族があること、そして自分が今ここに生きていることも、全てに感謝しています。中途半端ではなく、精一杯ともに生きて、『人の心をむすびつけて』のビジョンに相応しい会社経営者であり続けられる様に頑張りましょう!」。ネジの会社を経営するふたりは、「ネジ」という言葉に掛けて「人の心も結びつける」を会社理念にしています。単なる言葉ではなく、実感として理念をあらためて心に刻んだのでした。

 素晴らしい塾生たちです。発表しなかった6人の手紙も素晴らしいものでした。師弟と言いますが、こと心の問題についてはどちらが師匠か分からないと思えるほど、人間としての素直さが塾生たちにはあります。
 手紙はそれぞれの相手に送られました。手紙を贈られた人は一様に驚いた様子です。「息子から生まれて初めてプレゼントをもらったよ」私の友人でもあるこの父親は、手紙に感激すると同時に、それに添えたささやかなプレゼントを“息子の気持ち”として受け止め喜びました。父子の葛藤を抱えてきた塾生も父親に手紙を渡しました。「おい、俺が死んだら(この手紙を)必ず棺桶に入れてくれ!」照れ隠しに父親はそう言ったそうです。
 「経営維新塾」は圧倒的な業績を上げ勝ち残る企業経営者を創るのが目的です。経営のノウハウを今後、塾生たちにはたたき込みますが、その前に経営者には全人格的な成長が望まれます。それには時間が掛かると思っていましたが、杞憂のようでした。
講義の質、レベルを上げていかなければならないと痛感しています。


山田経営維新塾
http://www.yamadajuku.jp/

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2012年04月25日

熱き思い再び


 真っ白なページを前にして、ふと考えました。何もないこのページには無限の可能性がある、と。
みなさんはどうでしょう。真っ白いノートを渡されて、「さぁ、そこに何でも書いてご覧なさい。これからがあなたの人生。すべての余白を思い通りに埋めてください」と言われたら。

 65歳になりました。これまであまり年齢のことは考えたことがありません。むしろ、もっと大人になりたい、経験を積んで、何でもわかる人間になりたいとばかり思ってきました。振り返れば、「いつ」を切り取ってみても、「今」よりも未熟で頼りになりませんでした。
 中小企業経営というものは「安全」ということがありません。「安心」に浸っていることができません。きのう良くても、きょうリスクが出現するかもしれない、あすは危難を乗り切るため血眼になっているかもしれないからです。
 だから、すべての危機を事前に察知できる知恵、切所を乗り切る太い胆(きも)を持ちたいとずっと思ってきました。年輪がそれをもたらしてくれるなら『齢を重ねることも悪くはない』と。
 でも違いますね。体力は確実に衰えます。気力も、奮い立たせなければ維持が難しい。誰しも普通に、老いは忍び寄ってくるようです。で、知恵は身についたか、胆力は磨かれたか。そうでもありません。「思い」だけは昔と同じように、いや、若いとき以上にあるのですが。
 
34歳で「山田園」というお茶の卸販売を始めました。山間(やまあい)の繊細な茶で知られる川根茶にこだわりがありました。昼も夜もなく働いて、やがて製造にまで手を広げ、業界で注目される製茶のベンチャー企業に育て上げました。「創業以来、23年間連続増収増益」がささやかな勲章です。もちろん苦労しました。でも中小企業経営者なら、それは誰しも同じ。苦労した分だけ喜びもあった、と言うべきでしょう。
もうひとつの自慢は、55歳で社長の座をたたき上げの社員さんに譲ったことです。歯を食いしばってわたしについてきてくれた彼を2代目社長に据えて、いくぶん達成感がありました。一瞬、ホッとしたんですね。それから時間を捻出しては、地域の中小企業のみなさんの相談にこたえてきました。55歳、エネルギーはあり余っています。今までに100件くらいの相談をこなしてきたでしょうか。自分の会社もですが、人さまの会社の経営にかかわると言うのは「苦」をわざわざ背負いこむようなものです。

そして今、「山田経営維新塾」を立ち上げ、新しい経営者を育てようとしています。
なぜなのだろうと考えます。
会社の経営はいやと言うほどやってきた。やり残した思い?ないと言えばウソになるかもしれない。年商100億円の会社に、上場も果たしたい…、と。
でも、それもいいけれど、今は自分の会社を大きくするより、小さくても負けない会社、圧倒的な業績を上げる会社を作りたいと思うのです。自らつくるのではなく、マネジメントをきちんと押さえ人間的にも魅力がある経営者を育て、その人の手でそんな会社をと。
見果てぬ夢かもしれません。でも、今の自分なら「過去の自分の失敗」を糧にできると思います。短気でわがまま、人に感謝することも少なく、ひたすら攻めの経営をやってきました。得たものもありましたが、失ったもの、気付かなかったこともまた多くあったでしょう。今にして思うのは、マネジメントの大切さです。
 それに気づくということは、老いたということなのでしょうか。そうかもしれません。
でもわたしはこう考えます。歳を重ねると言うのはやはり知恵が身につくことだと。
自分の会社に舞い戻って、自分の失敗を転ばぬ先の杖とし、成功事例をもっともっと研ぎ澄ましていけば立派な企業になるでしょうか。
白紙のノートを開き、30年来それこそ真っ黒になるまで書いては消し、消しては書いて、拙い文字で塗りつぶしてきました。成功も失敗も、すべてを含めてわたしの“金字塔”です。苦闘の跡も、また愛しく思えます。
だから、そこにあらためて白いペンキを掛け上塗りしようとは思いません。新しい書き手に新しいノートを。それが「維新塾」です。わたしの仕事は、新しい人とともにもう1度、経営とは何かを考えていくこと。挑戦する人たちと共に在り、より強くなる道を見つけるために、全身全霊でぶつかります。
老いたどころか、わたしは今、夢見る人(ドリーマー)になったような気がしています。

山田経営維新塾
http://www.yamadajuku.jp/
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2012年04月20日

山田経営維新塾


山田経営維新塾4月第1期生迎えスタートしました。
緊張と感動の中、経営維新塾第一回無事終了いたしました。

これから1年間、人材育成に全身全霊取り組んでまいります。

1回目の感想が塾生の一人、石川さんがFACEBOOKのノートに書き込みしてますので、
原文お送りしますのでみなさん読んでみてください。
塾の内容少しはご理解いただけると思います。


「山田経営維新塾」を受講した。

毎月第2金曜日、市内のホテルにカンヅメになって講義を受ける。

年12回。その最初の講義に遅刻する人がいた(無論、やむを得ない事情があったのだが)。

塾長の山田壽雄さんは第1回、はじめの始めの講義だからピリピリしている。

スタートの時間が来た。

塾長は怒りを抑えながら僕ら塾生に、「どうしますか?」と聞いた。

「時間が来たから始めますか?それとも、全員来るまで待ちますか?」

一瞬、『塾長はどっちを望んでいるんだろうか』と考えた。

重苦しい沈黙が続いた時、1人が「待ちましょう」と言った。

ホッとした。僕も『それが正解』と思った。


◆山田壽雄さんと運命的な出会い

僕がこの席にいるのは、不思議な感じさえする。

山田壽雄さん。川根の製茶メーカー「山田園」創業者。

らつ腕社長だと聞いていた。

初めてお会いしたのは昨年12月23日、青葉通りにある事務所でだった。

第一印象。怖い人、変じて今は温厚が身についているが、やはり怖そうな…笑顔。

にこやかに会話していながら、すべて見透かされているような。

山田壽雄塾長

事務所に赴いたのは、若い友人から「おもしろい人がいる」と聞いたからだ。


1回10万円の経営塾を開くのだと言う。

「10万円!?」(バブルの時代じゃあるまいし…)

しかし、会ってみたいと思った。

『何しろ、途方もない企画。会わなきゃ損だ』

事前にその人の著書を友人から借りた。

『23年連続で増収増益 小さなNo.1企業の秘密』と言う。

一読、何カ所かに付箋を貼った(僕は滅多にそんなことはしないのだが)。

「商売とは人づくりだ」

「社員さんは原石、磨くために仕事を任せる」

「お客様より社員さんを大事に」

「脳みそが汗をかくほど考えよ」

「失敗は成功への第一歩」

「企業は人間を幸せにするために存在する」

「顧客第一、利潤第一、社員さんも第一」…などなど。

列記すると事もないと思われるかもしれないが、

行間から伝わってくるのは「伝えたい」という熱意である。

僕は素直に読みとおしたが、暑苦しく感じる向きもいるのではないか。

言葉にすると簡単だが、これを実践してきたとすると社員は大変だったに違いない。

『しかし、本気でこれをやってきたとすれば、この人はすごい』と思った。


◆社員さんを磨きあげる経営

中小企業に“人材”など来ないと言う。(確かに一流官庁に行くような人は来ない)

ではどうするか。「磨きあげる」と言うのだ。

実際に、人間と言うのは、学校の成績や氏素性だけでは測れない。

社員に仕事を与え、使命を課し、しかも完全に任せてしまう。

リスクは高いが、人間の伸びシロも予想以上だ。

結果、たたき上げ社員の中から自分の後継者が育ってきた。

社長を譲り、経営の第一線から退いたのは55歳のときだったと言う。

早すぎる。

60歳では会長職も辞めて、むしろ他社の経営指導に力を入れ始めた。

聞けば、息子さんはちゃんと山田園にいる。

優秀な人らしい、社長の器。

なのにあえて他人を後継者に充てた。

社員が奮いたつ、新社長にカリスマ性が求められないから潰されることもない、

だから安定軌道に乗りやすい…。

『なるほど』の理屈だが、実践する人は少なそうだ。


◆「本気」を試されて僕はその気になった

初対面でここまで話を聞いて、『この人の話、1年間聞いてみたい』と思った。

そんな気持ちを隠して、僕は「2冊目を書かないんですか?」と聞いた。

「実はもう書いてありますよ。折々書いたので直さにゃなりませんが」

内心、慌てた。

『でも、いきなりうちには来ないだろう』

すると、「お願いできますか?」と来た。

不思議な縁である。

出版社は、設立しようとは思っているが、この時点で影も形もない。

同時に、行政書士の試験も終わったばかりで、合否定まっていない。

「塾は一般社団法人でやりたい。そちらの登記も手伝ってください」

これは何と言うのだろう、話がうますぎる。

初対面でここまで信用しちゃうの?

からかっているのではないとすると、『そうか、本気を試しているんだな』。

となると、後には引けないではないか。

「分かりました、やらせてもらいます」と僕は即答した。

『大丈夫か?おい、おい』と思わないでもない。

こちらの態勢のことだ。

無計画にもほどがある!

まだ印刷会社の協力を取り付けただけ。

本の流通だって大変そうだ。その目途もたっていない…。

しかし、元々計画なんぞ綿密に立てたところで狂いが出るに決まっている。

ならば縁(=偶然)に任せてみるしかないではないか。

『向こうはリスクを冒(おか)して、何の実績もない者を信用すると言うのだから』

◆出版を引き受けたものの態勢はゼロ

こうして、新聞社退職以前に僕の方向性は定まった。

本当は、数か月間失業保険をもらいながら、設立準備をしようと思っていた。

しかし、会社を去るその日までルーティンワークに追われ、準備はできず、

辞めてからすぐにハローワークを訪ねると、

「開業準備にかかれば保険は出ません」と、すげない返答を受けた。

『やれやれ、39年間も雇用保険を収めたのに国からの支援はなしか…』

仕方ない、きっぱりあきらめる他ない。

初手からつまづいた。

しかしこんなことは序の口でさえなかった。

書籍流通の要を握る取次会社との交渉は難航した。

有力書店さんの協力も求めた。それでも…。

さらに設立の登記、書籍コードの取得、電話回線、その他備品の購入と、雑事が続く。

のんびり、ゆっくりのつもりが、

すぐ本を作らなければならなくなって、越えなければならない山が多すぎて、

この間、息せき切って走り続けた感じがする。

疾風怒濤のような1ヶ月が過ぎ、何とか流通の問題も解決した。

本当に無計画だった。

あったのは「思い」だけ。そして怖いもの知らずの突貫精神。

助けてくれたのは、みな周りの人たちである。

まだその人たちに、満足にお礼も言えていない。

そして今、本の初刷りが完了した。

表紙カバーももうじき最終のものが決定する。

そんな中での維新塾スタートだった。

◆鬼コーチを泣かせた『感謝の手紙』

午前中はさすがに塾長も塾生も堅かった。

しかし昼食後、犬塚敦統(あつのり)さんという外部講師の話を経て一気に引き締まった。

犬塚さんは愛知県安城市の七福醸造株式会社のカリスマ会長。

「環境整備を通じて自分たちの心を磨く事」が信条。

と言っても、一般の人には何のことやら分からないだろう。

毎朝トイレ掃除をしている、と言うともっと誤解されそうだ。

(この人のことを書き始めると、もう1つノートを書かなければならなくなる)

「トイレ掃除=心を磨く」経営論(むしろ実践)は、一部では知られている。

しかし、何しろ犬塚さんは「トイレの水を飲める」くらいまで磨き上げる。

これがなぜ社員教育に通じ、会社を変える力となったかは、

実際に講義を聞いてもらわないと分からない。

塾生は自分を変えたい、会社を変えたい一念でここに参集している。

だから刺激的な話を聞いて、空気が引き締まり、熱気を帯びたことは確かだ。

その後、山田塾長は僕らに「感謝について」を書かせた。

謙虚になりきれない僕は駄文をしたためたに過ぎなかったが、

他の塾生、12人の書いたものは素晴らしかった。

希望して6人が、書いた手紙を読み上げた。

鬼のような気迫を見せていた山田さんが、必死に涙をこらえるのが見て取れた。

僕も同じくである(人前では泣かないが…)。

山田さんは塾が始まる前、「全身全霊をぶつける」と言っていた。

それでも僕は『お手柔らかに』と思っていた。

でも、1日で考えが変わった。

素晴らしい仲間たちである!!

「この人たちのため、何かをしたい」と思ったのである。

◆山田マジックか、塾生の力か

山田さんが「維新」という大げさな名前を塾の名称にしたのはなぜだろう。

1回聞いただけでは分からない。

しかし7時間半のカリキュラム全体を通じて、みな何か変化したようだ。

問題は、それを持続させることができるかどうかだと思う。

虎視眈々とそのための策を山田さんは、脳みそに汗をかくほど考えているだろう。

懇親会で、誰言うとなくこんな会話が交わされた。

「こういう仲間ができたってこと、10万円分の価値はあったね」

『おいおい、そりゃあ、塾長を喜ばせすぎだぜ』僕は心の中でつぶやいた。


毎回、結果を問われるのは大変なことだと思う。

しかし山田さんはやり抜くのではないか。

この日の講義の何が良かったのか、実はよく分からない。

それでも結果として、いつの間にか “同志的な結束”が皆の中に生まれている。

塾長マジックと言うべきなのか、それとも僕らがスゴイのか…。

申し遅れたが、塾生は20代から60代まで、職種も経験も違う人たちである。

以上でございます。


posted by 山田壽雄 at 09:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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