2012年10月18日

ブログ引越ししました

定期購読して頂いていた皆様、ブログがお引越ししました。
また、改めてブックマークorお気に入り登録をお願い致します。
今後も皆様と共に、明日の日本の為に邁進していきたいと思います

http://ameblo.jp/yamadajuku/
posted by 山田壽雄 at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月20日

カルネアデスの板

今回は「カルネアデスの板」のテーマでお送りします。


前回のメールで私は厳しく経営維新塾の塾生の心に訴えました。
甘さがあっては、学んでも学んでも、何の意味もないからです。
しかし、平和で豊かな時代に育った私たちにとって、甘さを捨てるというのは簡単ではない。
そこで私は、次のような命題を出してみました。
『カルネアデスの板』です。

ギリシア時代、船が難破し全員が舟から海中に放り出されます。
荒れ狂う海。カルネアデスのところに1枚の板が流れ着きます。
『助かった!』彼は一瞬、そう思う。しかし、他の難破者も板きれに気づく。
1人が板にすがりついてきた。途端に、2人は沈んでしまう。
その板きれでは、2人を支えきれないのです。
カルネアデスはどうするのか。
すがりついてきた者を蹴飛ばして板を死守(文字通り死から免れるために!)するのは正義に反するのか。あなたがカルネアデスならどうするのか。
これが今回の命題。

塾生の一人がすぐ手を挙げました。
「板を守り、自分が生き残ります。当たり前の話」
─板にすがったのがあなたの奥さんだったら、どうしますか?
「妻に譲ります」これも当たり前と言いたげに、彼は即答しました。

この命題に「正しい答」はありません。「2人で板につかまり、助けを待ちます」「自分だけ生き残るのは嫌だ」という塾生もいました。
─難破したタイタニック号のボート、あと3人だけ乗れるとしたら?
塾生に目をつぶってもらいました。「自分はボートに乗る、という人は手を挙げて」。
12人中、3人が手を挙げました。たった3人…。
このメールを読んでいる、あなただったらどうだろう。
手を挙げる人はもっとずっと多いのではないだろうか。

わが塾生たちは心の優しい人たちでした。、

想像してみてください。生命(いのち)の危険ですよ。自分の命が危機に瀕している。口の中に銃口を突き付けられているのと同じ。絶対絶命。明日はありません。そんなとき、人は死に物狂いになって当たり前。阿鼻叫喚です。海の中にいる者は、必死にボートにしがみつき這い上がろうとする。ボート上の者は、すがりついた腕に手を差し伸べることが出来であろうか?
選択を求められた時、とっさにそこまで考えたでしょうか。


先に書いたように、この命題に答えはありません。しかし、あなたが社長なら、会社を生き残らせるためには、社長自身が何としてでも生き残ることが会社の存続可能性を高める、ということを知っていなければなりません。
家族の中に1人しか生き残れないという状況なら、選択肢はいろいろあるでしょう。しかし会社は違う。リーダーたる社長が残っていなければ、会社の存続可能性は著しく低くなります。

今回はたとえ話でしたが、リーダーは常に最悪の事態を想定して何度も何度も心を鍛えておかなければなりません。会社経営者は、「その時どう対応するか」を考えていなければいけな。社長は生き残り、責任をとっていくのです。
常にその覚悟を持って生きていなければならないのです。

今さらながらですが、塾生に尋ねたい。
私がなぜ目をつぶれ、と言ったかわかりますか?
分かったと思います。小学校の先生が「誰がお金を盗ったのか、正直に手を挙げて」というのと同じですよね。それで余計に手を挙げにくくなったと、私は想像しました。12人中たったの3人!
これが命の修羅場で12人が譲り合い助かる3人を決めたのなら、私は皆さんを心から尊敬します。しかし、今の私の思いは違う。
─ここまでていねいに、いざという時のリーダーの責任を説き、またリーダーは常日頃から最悪のことを考えシュミレーションし答えを持っていなければならないと言っているのに、リアルな想像力を持てないでいる。これで「リーダー」と言えるのか。

塾の講義は遊びではありません。私の質問に脂汗(あぶらあせ)をかいていますか?夜、うなされるほど今日の講義を反復していますか? 今日の講義で身についたことはなんですか? 自分を変えましたか?
「脳味噌に汗をかく」というのは、山田のお題目ではありませんよ。
山田経営維新塾の塾生たちは、私と同じフロアに居、同じ空気を吸って数時間を過ごしています。緊張でクタクタになり、家に帰ったらバッタリということがありましたか?
自分の心根が変わらなければ、塾から得られるものは何もありません。

人間力
第1講で学びました。
「感謝の心」「御蔭様の心」「思いやりの心」
リーダーは真摯であれ、謙虚に素直に・・・・・。
約束を守る、ルールを守る、エゴを捨てる。
人間力を高める「学び」続けましょう。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
★「非常識社長の維新を起こす経営」★

アマゾンにてご予約可能
お近くの書店でもお買い求め頂けます。
http://www.amazon.co.jp/%E9%9D%9E%E5%B8%B8%E8%AD%98%E7%A4%BE%E9%95%B7%E3%81%AE%E7%B6%AD%E6%96%B0%E3%82%92%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%99%E7%B5%8C%E5%96%B6-%E5%B1%B1%E7%94%B0-%E5%A3%BD%E9%9B%84/dp/4896102347/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1336989767&sr=8-1
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
一般社団法人「山田経営維新塾」
HP : http://www.yamadajuku.jp/Blog : http://yamada-hisao.seesaa.net/ 山田経営維新塾メールマガジンバックナンバー
http://yamadajuku.blogspot.jp/
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
社団法人「山田経営維新塾」
事務所住所
〒420-0034 静岡市葵区常盤町一丁目
8番地の6アイワビル7F
事務局(担当:岡田)yamadajuku@live.jp
塾長:master@yamadajuku.jp
電 話    054-653-3607
ホームページ http://www.yamadajuku.jp/
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
posted by 山田壽雄 at 15:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月13日

人間力・リーダーの真摯さ

前回のメールで私が何を言ったか、皆さんは覚えているだろうか。
ほぼ確信を持って言うけれども、ほとんど記憶に残っていないのでは?

2点言いました。
リーダーは真摯であれ、ということ。
その真摯さは学ぶことはできない。リーダーたるもの、始めから身につけていなければならない資質なのだ、と言ったのです。
もう1点。
真摯さは、まず謙虚であること。おごり高ぶらず、権力的な発想を持たず、部下を信じ慈しむ。リーダーにそういう資質がない時、あるいはどこかに置き忘れてしまった時、「木は梢から枯れる」。組織そのものが崩壊してしまうのだ、と言ったのです。

それでは私が前回、悪しきマネジャーの典型例として出した次の話を覚えているだろうか。

「ともに働く者、特に部下には、上司が真摯であるかどうかは数週間でわかるものだ」とドラッカー氏の言葉を引き合いに出して、ダメなマネジャー2タイプを示したのです
■自分の職責に対して無知であり、無能なマネジャー。
■部下から見ていかにも頼りない、また「らしくない態度」のマネジャー。
そしてさらに、この2タイプのダメマネジャーより、真摯さに欠けているマネジャーの方がもっと悪いとして、真摯さに欠けるマネジャーの例を5つばかり挙げたのです(後で前回のメールを読み返してください)。
でも、どうやら私は先を急ぎすぎたようです。

今月7日に行った6回目の山田経営維新塾で私が感じた思いを正直に言いましょう。上に書いた■の部分はダメなマネジャーの典型です。職責を把握していること、職責にふさわしい態度を示す、ということはリーダーとしての「基本のキ」。当然、そのくらいの基本は備えていると思っていましたが、『本当に満たしているのか?』と、心配になったのです。
もちろん塾生には、いいところがたくさんあります。責任感があり、まじめ。そして謙虚である。立派なリーダーになる素地がかなり備わっています。
しかし、穴ぼこだらけでもあるようです。
一言でいえば、甘いのです。

1回目と同じでした。
講義に遅れて来る者がいる。それをとがめる者もいない。漫然と数分を無駄にして、何の怒りも感じない。
維新塾の塾生たちは、和気あいあいと何を学びたいのだろうか。リクレーションの仕方ですか?休日の楽しい過ごし方ですか? 社長、幹部としての在りようではないのか。

ルールを守る▽約束を守る▽言い訳しない−何度も言ってきた「基本」です。
仕事は前半主義でやろう−これも基本。しかし、宿題を塾の前日に提出する人もいる。
名刺交換は命の交換である、とも言いました。ここから商売が始まる。自分を売り込む場。「最高の笑顔で」とも教えました。実践していますか?
礼状は毛筆の手紙で。これも教えました。営業に行って時間をもらった。礼状を必ず出していますか?めんどうなアナログの手段だからこそ相手の印象に残る。ここまで言ったのに、継続できないのはなぜでしょう。
手紙は書くのが難しい。でも、塾生の中には書くことのプロもいる。「手紙研究委員会を立ち上げ、勉強してみたら?」と言いました。でも勉強会は開かれていない。私の言葉はそれほど軽いのだろうか。
維新塾の第1回、環境整備として七福醸造の犬塚敦統さんに話していただきました。何を聞いていたのですか?トイレ掃除を今もやっている人、いますか?

維新塾に来て、人の話を聞き、学び、モチベーションが上がる。
「よし、やるぞ!」と思う。
しかしその決意、何日続きますか?
「やったことしか残らない」と私は何度言ってきたことか。
何日かすると元の黙阿弥。それでは普通の生徒と一緒です。

でも、人間って、そういうものでもある。決意したって、すぐに気がなえてしまう。本当に本当に追い詰められて、崖っぷちまで追い込まれて切り返したのでなければ、人間の決意なんて、一晩眠れば忘れてしまうものです。
犬塚さんがなぜすごいのか。
彼は常人ですか? ある意味、あそこまでやるのは尋常ではない。自分を習慣化し、組織に対しても全身全霊でそれを求め、繰り返し繰り返し、嫌となるほど叱咤激励し、時には怒りを見せ、脅し、すかして社員をあそこまでもっていった。
これって、常人のワザですか?
異常と言わないまでも、異才なのだと思います。

なぜそんなにまで追い込むのでしょうか。
組織を生き残らせるためなのです。
リーダーとしての責任を果たすためです。
職責に対して無知であり、無能なマネジャー、「らしくなれない」マネジャーの下では、会社は1カ月ともちませんよ。

維新塾に来たのなら、自分を変える覚悟をしてください。
甘い自分とキッパリ縁を切る。
嫌われても筋を通す。
覚悟がなければ、とてもリーダーは務まりません。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
★「非常識社長の維新を起こす経営」★

アマゾンにてご予約可能
お近くの書店でもお買い求め頂けます。
http://www.amazon.co.jp/%E9%9D%9E%E5%B8%B8%E8%AD%98%E7%A4%BE%E9%95%B7%E3%81%AE%E7%B6%AD%E6%96%B0%E3%82%92%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%99%E7%B5%8C%E5%96%B6-%E5%B1%B1%E7%94%B0-%E5%A3%BD%E9%9B%84/dp/4896102347/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1336989767&sr=8-1
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
一般社団法人「山田経営維新塾」
HP : http://www.yamadajuku.jp/Blog : http://yamada-hisao.seesaa.net/ 山田経営維新塾メールマガジンバックナンバー
http://yamadajuku.blogspot.jp/
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
社団法人「山田経営維新塾」
事務所住所
〒420-0034 静岡市葵区常盤町一丁目
8番地の6アイワビル7F
事務局(担当:岡田)yamadajuku@live.jp
塾長:master@yamadajuku.jp
電 話    054-653-3607
ホームページ http://www.yamadajuku.jp/
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
posted by 山田壽雄 at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月26日

山田壽雄が推薦します。 ”「超」入門 失敗の本質”


  
日本人は今こそ、過去の失敗から学ばなければならない。
日本軍とアメリカ軍の戦いをいろいろな角度から分析し、
日本人の特性と日本的な組織論を非常にわかりやすく書かれてます。
日本は「最大の失敗」から本当に学んだのか?

「失敗の本質」から学ぶ「敗戦七つの理由」


第1章 なぜ「戦略」が曖昧なのか
    戦略の失敗は戦略で補えない
  「指標」こそが勝敗を決める
   「体験的学習」では勝った理由はわからない
   同じ指標ばかり追うといずれ敗北する

第2章 なぜ「日本的思考」は変化に対応できない
  ゲームのルールを変えたもの者だけが勝つ
  達人も創造的破壊には敗れる
  プロセス改善だけでは、問題を解決できなくなる

第3章 なぜ「イノベーション」が生まれないのか
    新しい戦略の前で古い指標はひっくり返る
    技術進歩だけではイノベーションは生まれない
    効果を失った指標を追い続ければ必ず敗北する

第4章 なぜ「型の伝承」を優先してしまうのか?
    成功の法則を「虎の巻」にしてしまう
    成功体験が勝利を妨げる
    イノベーションの芽は「組織」が奪う

第5章 なぜ「現場」を上手に活用できないのか?
   司令部が「現場の能力」を活かせない
   現場を活性化する仕組みがない
   不適切な人事は組織の敗北につながる

第6章 なぜ「真のリーダーシップ」が存在しないのか
  自分の目と耳で確認しないと脚色された情報しか入らない
  リーダーこそが組織の限界をつくる
  間違った「勝利の条件」を組織に強要する
   居心地の良さが、問題解決能力を破滅する

第7章 なぜ「集団の空気」に支配されるのか
  場の「空気」が白を黒に変える
  都合の悪い情報を無視しても問題自体は消えない
  リスクを隠すと悲劇は増大する



新しい時代の転換点を乗り越えるために



戦略とは「目標達成につながる勝利」を選ぶこと、日本軍の努力の70%は無意味だった。
戦略のミスは戦術でカバーできない。

なぜ「日本的思考」は変化に対応できないのか?

  練磨の文化からの脱却。ゲームのルールを変えた者だけが勝つ。

  型を反復練習することで、型を超えるという考え方、
  操縦技能、射撃精度を極限まで追求した日本軍に対して
  技能・精度が低くても勝てる飛行機の開発・レーダーの開発がアメリカ軍の勝利を生み出した。


  「売れないのは努力が足りないからだ」は本当か?

  ゲームのルールを変えた者だけが勝つ・・・・・・・・・・。
  

  感じます、兎に角、感じます。

  現在の日本が抱えている問題点をどのように解決していくのか
  新たな転換期を迎えた世界と現代日本、私たち日本人はこの大転換
  期に絶対勝利しなければなりません。


  あなたが、あなたの会社が圧倒的に飛躍するために「失敗の本質」
  から学んでいただきたいと思います。


  私の本も、まだ読まれてない方は是非読んでください。


★「非常識社長の維新を起こす経営」★

アマゾンにてご予約可能
発売日には、お近くの書店でもお買い求め頂けます。
http://www.amazon.co.jp/%E9%9D%9E%E5%B8%B8%E8%AD%98%E7%A4%BE%E9%95%B7%E3%81%AE%E7%B6%AD%E6%96%B0%E3%82%92%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%99%E7%B5%8C%E5%96%B6-%E5%B1%B1%E7%94%B0-%E5%A3%BD%E9%9B%84/dp/4896102347/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1336989767&sr=8-1
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
一般社団法人「山田経営維新塾」
HP : http://www.yamadajuku.jp/Blog : http://yamada-hisao.seesaa.net/ 山田経営維新塾メールマガジンバックナンバー
http://yamadajuku.blogspot.jp/
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
社団法人「山田経営維新塾」
事務所住所
〒420-0034 静岡市葵区常盤町一丁目
8番地の6アイワビル7F
事務局(担当:岡田)yamadajuku@live.jp
塾長:master@yamadajuku.jp
電 話    054-653-3607
ホームページ http://www.yamadajuku.jp/
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
posted by 山田壽雄 at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月15日

『今週のベストセラー』で久しぶりにトップを奪回しました

私の2冊目の著書、「“非常識”社長の『維新』を興す経営」(ミーツ出版)が 7月29日付静岡新聞の読書欄『今週のベストセラー』で久しぶりにトップを奪回しました。5月半ばの発売から、都合6度目の1位獲得です。


著名な経済人でもない、地方の製茶メーカーの創業者にすぎない私の経営指南書が静岡県内で好評をもって迎えられたのは、私を応援して下さる古くからの友達や、ビジネス上でつきあいのある方々、また中小企業支援の講演などで知り合った方々が『山田の本だから買ってやろう』と思ってくださったからだと思います。
おかげさまで地元の有力紙、静岡新聞の生活文化部記者から取材を受けるという栄にも浴しました。この記事は7月6日の朝刊でカラー写真付きで掲載されました。


この本のキーワードは「維新」です。
維新とは惟(これ)新たなりという意味で、すべてを根本から変えるという強い意志を表しています。最近は大阪市長の橋下徹さんが「維新の会」を名乗ったために、少し偏った形で伝えられていますが、「一新する」という以上の変化、大変革を意味します。

中小企業のくせにおおげさな、と言われるかもしれません。
いえ、中小企業だからこそ維新が必要なのです。
私がつくった会社「山田園」は幸いにして、中小零細企業が多く競争し烈な製茶業界でなんとか「23年連続増収増益」という実績を残すことができました。しかしそれは簡単なことではありませんでした。中小企業は小さな失敗でも命取りになります。どんなに経営努力をしても、外部環境により翻弄されることもあります。どんなときでも前年より売り上げを伸ばし、しかも利益も拡大させるということは、並みの努力ではできることではありません。
社長在職中の23年間を考えても、漸進するとき、つまり無理せず緩やかに前年実績を超えようという時期と、大胆に新規事業に乗り出したり、組織を大幅に変えるなど「変革」を志向した時期とがあります。
変革期には、今までの経験や発想では通用しないことがあります。そんな時はすべてを平地に置いて、一から人間や組織、取引先との関係、顧客創造の方法等を練り直したものです。その際、一番に変えなければならないのはトップリーダーたる経営者そのもの(「おれが変わらなければダメだ」ということ)なのです。
社長が変わらなければ、会社は変わりません。
逆に言えば、社長が変われば会社は大きく変わっていくのです。


本書のもう一つのキーワードは「人づくり 夢づくり ファンづくり」です。
これは、中小企業が維新を起こすためのプロセスを説明しています。
負けない企業にするにはどうすればいいのか。


1に人づくりです。経営者自身がひとかどの人にならなければ会社は動かせない。
2番目に、夢づくり。社員が夢をもてる会社でなければ強い会社にはならない。
1と2ができてはじめて、顧客はその会社のファンとなり事業を後押ししてくれることになります。それがファンづくりの意味です。


社長が変われば会社は変わる。言うのは簡単ですよね。
誰でもできそうだ。でも、やり抜く人は少ないですよ。
社長はただでさえ現実の対応に追われ、先の見えない「効果」や「お題目」にかまけている暇なんかない。
そこで本書では、トップリーダーの常識外れの発想が会社や組織を変えていった具体例を数多く取り上げました。
中でも第7と8章では、中小企業が危機に際して陥りがちな「二者択一」的な発想をとりあげました。「競合他社が値引き攻勢をかけてきた。わが社も値引きすべきか否か」。普通は@追随値下げかA価格維持かの二者択一と考えます。
しかし、あれかこれかの発想は敗北の道です。こういうときこそリーダーは、脳みそに汗をかくほど考え抜かなければなりません。あれかこれかではない「第3の道」は必ず見つかります。


私は「“非常識”社長─」の上梓とほぼ同時のタイミングで、静岡市のホテルで月1回経営指南のための塾を開講しました。「山田経営維新塾」と言います。
共に学び、共に進化し、維新を起こそう─というのが設立の精神です。
会社は経営者によっていかようにも変わりえるものです。
よい経営者とは何か。
成し遂げたいという信念を持っていること、時代の趨勢を見きわめられる洞察力、これというタイミングで一歩踏み出す勇気、人をたらしこむような人間的な魅力、資金力、度胸、聡明さ、夢見る力……などなど、いくらでも「必要条件」を上げることはできます。
しかしそのすべてがそろったところで、おかげさま、感謝の気持ちで人を思いやる謙虚さがなければ、たぶん何も成就できないでしょう。
「人間力」と言えば簡単ですが、これが大切であることを腹にストンと落としこめるほどに理解するのは至難なことと言わなければなりません。
しかし維新塾はそれを目標にしています。


人から言われてやることは、1回きりなら誰でもできます。「心を磨け」「努力しろ」と言われて「よし、やるぞ!」と思う。頑張る。やり遂げる。できれば、喜びが沸いてくる。自信が生まれてくる。
さて、それからです。2日たち3日たち、まだその喜びや意欲を継続できるか。
凡人と「神様」と言われる人たちとを分けるのは、異常とも言える執念や信念を何も思わず信じ切りやり続けるかどうか。維新塾では実践を通して、腑(ふ)に落ちるところまで叩きこんでいきます。


本書は、塾に参加する塾生がスタートラインに立った時、最低限の心構えとして知っておいてもらいたい発想法やリーダーとしての在り方をまとめました。「経営」への理解が深まると、本書もまた違った読み方が出来ると思います。多くの方に読まれることを切望しております。

"非常識"社長の「維新」を起こす経営
[単行本(ソフトカバー)]
http://www.amazon.co.jp/%E9%9D%9E%E5%B8%B8%E8%AD%98-%E7%A4%BE%E9%95%B7%E3%81%AE%E3%80%8C%E7%B6%AD%E6%96%B0%E3%80%8D%E3%82%92%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%99%E7%B5%8C%E5%96%B6-%E5%B1%B1%E7%94%B0-%E5%A3%BD%E9%9B%84/dp/4896102347/ref=as_li_tf_mfw?&linkCode=wey&tag=acest-22
posted by 山田壽雄 at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月10日

人間力・リーダーの真摯さ

組織(企業)の精神は、トップで決まります。
リーダーシップが発揮されるのは「真摯さ」によってです。

マネジャーがしなければならないことはいろいろありますが、たいていは学ぶことができます。
しかし「学ぶことのできない資質、始めから身につけていなければならない資質が、一つだけある」とピーター・ドラッカーは言います。
才能ではありません。「真摯さ」です。

真摯さはごまかせません。
「ともに働く者、特に部下には、上司が真摯であるかどうかは数週間でわかるものだ」とドラッカーは言っています。自分の職責に対して無知であり、無能なマネジャー。困りものですね。部下から見ていかにも頼りない、また「らしくない態度」のマネジャーも、部下から見ればうんざりの上司でしょう。
それでも、真摯さに欠けているマネジャーに比べればまだましです。
部下は、真摯さの欠如だけは許しません。

「真摯さの欠如」とは何でしょう。定義は難しいです。
しかし、マネージャーとして失格とすべき真摯さの欠如、なら具体的に挙げることができます。

@人の強みよりも弱みに目を向ける者をマネジメントの地位につけてはならない。
A何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者をマネジメントの地位につけてはならない。
B真摯さよりも頭のよさを重視する者をマネジメントの地位につけてはならない。
C有能な部下に脅威を感じる者をマネジメントの地位につけてはならない。
D自らの仕事に高い水準を設定しない者をマネジメントの地位につけてはならない。

私は「真摯さの欠如」は人の「権力志向」と平行なものだと思っています。
人は例外なく「小権力」を求めるものです。意地悪で狭量な感情です。
だから一たび権力を得ればそれを行使したくなるし、せっかく得られた権力は絶対に離したくない。
権力を持つ者は、自分を「絶対者」と錯覚します。誇示したくなります。
それがドラッカーが言うところの「真摯さの欠如」につながるのです。

人を認めることをせず、相手の弱さばかりに目が行く(@)。
権力を求める過程では、自分の信念より、誰が強いかに関心(A)。
一所懸命な者より速攻で成果を出してくれる者を可愛がる(B)。
さりとて、有能過ぎれば自分の地位を脅かす者は排除(C)。
よい仕事で自分を見せるより、人に認められることのみに関心(D)。

すべて、小権力に溺れてしまった者が取りがちな行動ばかり。
一言で言えば、謙虚さが欠けているのでしょう。ありがとう、おかげさまを忘れています。
権力は誰もが求める「欲」ですが溺れてはなりません。溺れれば人間の根本(根っこ)が腐っていきます。組織の場合、リーダーが腐れば木は枯れます。

人の範となれるかどうか、真摯さが全てです。
そして真摯さはごまかせるものではありません。
偉大な組織(企業)でありうるのは、トップが、リーダーが偉大だからです。
逆に、組織(企業)が崩壊するとすれぱ、それはトップが腐っているからです。


範とすることができないリーダーは、その地位についてはいけません。
仕事は真摯な人たちと楽しく行いたいものですね。
posted by 山田壽雄 at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月17日

九州北部豪雨


今月11日から14日にかけて九州北部を襲った記録的な大雨、

「九州北部豪雨」は、本当に凄まじい勢いでした。

「これまでに経験したことのない大雨」の聞き慣れない表現

最大級の厳重な警戒を要する呼びかけでした。

熊本県、大分県中心に土砂崩れ、川の氾濫

悲惨な状況を見るにつれ、あの東日本大震災の被害が

私の脳裏にフラッシュバックしてきました。

あの悲劇からまだ1年4か月しか時間が経っていない中、

なぜ、こんなにも連続して日本に国難を与えるのかと、

神に聞いてみたいくらいの気持ちになりました。

現在、この瞬間も、受け入れ難い悲惨な状況に

絶望感を感じられている方もいらっしゃるかと思いますが、

私が、一体どれだけ被害に遭われた方の

立場に立てるのかと問われれば、返す言葉はありません。

しかし、どうかあきらめず、頑張って頂きたいと思います。
posted by 山田壽雄 at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月13日

手紙は・・・・・・・

テーマ「手紙は」


宿題のA「はがきを10枚書く」は大変だったではないでしょうか。
これも「クセになる」ほど習慣化するのがコツです。

と言っても、言うはやすしだったかもしれないですね。
10人にはがきを出す、慣れてしまえばそれほど苦にならないことも、
書き慣れていない人にはとっては、数行であっても「苦痛」かと思います。

ビジネスは「前半主義」で行くべきです。
6月初めに維新塾があり、そこで宿題が出た。
1週間以内に10枚書いた人、いるのだろうか。
間際になって、土俵際に追い込まれて書くのでは、通りいっぺんになるのがオチ。
ビジネスは前半、こっちがいきなり押しこんで、相手の土俵で取っていないと苦しくなる。
時間の区切りで言えば、朝一番、遅くとも午前中で、
その日のメインになる仕事は片づけてしまう。

手紙を書く、ということは、実はメインの仕事かどうか、です。
本来なら、あるいは慣れた人なら、手すきの時間に書くのではないでしょうか。
しかし、書き慣れていなければ1日仕事になってしまうかもしれない。
そう思うから、人はついつい後回しにして、追い込まれるんです。

だから宿題は早くやらなければダメ。
他の仕事を押しのけてでもやる、というくらいに腰を据えて掛かるべきです。
何か宿題を「片手間」としか考えていないという傾向がありませんか?
徹することができていない!
頭でわかる、理解するというのは、わかったことにならない。
これも何度も何度も言っていることですが、まだストンと腑に落ちていない。

「手紙を書きなさい」は単に、タクティクス(戦術)として言っているのではない。
たった80円で(はがきなら50円)で、とてつもない効果が出るから言うのです。
字の上手、へたは関係ない。
逆に、悪筆の方が「味がある」と言わせるかもしれない。
とにかく、間を置かずに手紙を出すんです。

なぜ効果があるか、それは人がやらないからです。
簡便でないから、面倒だからです。
だからそれをやる人が目立つ、覚えてもらえるんです。
塾でお話ししましたが、私は手紙を出すことで、接点のないエライ方と何人も会っていのます。
担当者から順番に課長、部長、本部長と進むのは成功法でいいでしょう。
しかし、ビジネスの話はトップと話すのが一番早い。
尋常な手段ではありませんが、心をこめて自分の思いを書くと、
けっこうな確率で読まれ、中には「会いたい」と言ってくれる人も出ます。
元手80円の魔法です。

いつもいつもそんなムシのよいことを考えて手紙を書かなくてもいいですが、
posted by 山田壽雄 at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月11日

名刺はビジネスする人の飯のタネ


山田経営維新塾も4回目、ようやく気ごころが知れてきたようですね。
私の出版記念パーティーでの塾生たちの気配り、見事でした。
司会をしてくださった鈴木純子さんに対しても、皆さん声掛けをするなど、
塾としてのまとまりが感じられました。
良い仲間、よい同士たち。
そういった雰囲気は外部の人たちにも伝わるんですね。
多くの人から「頼もしいですね」「堂々としている」などとお褒めの言葉を頂戴しました。


さて、塾としてのまとまりは出てきたところで、一歩前に進みます。
今までは「人間力を磨く」に力点を置いてお話してきました。
これからは、塾の本筋に入って行こうと思います。
「圧倒的に業績を上げる」そのための具体的な方法論に入っていきます。

@50人以上と名刺交換する
A感動・感謝のはがきを10枚出す

宿題をやって来なかった人は、さすがに1人もいませんでした。
でも「宿題の狙い」が本当に分かっていたかどうか……。
数を集めればいい、と思っていませんでしたか?
集めるだけならわけない話。
街頭での声掛けはともかく、人と会う機会を作ればなんとかなる。
(本当は、「人と会う」を実行するだけでも楽ではないですが)

名刺は、われわれ商売をする人間にとってはメシの種なのです。
どんな商売でも、お客のない商売はない。
お客は必ず減る。
新規の客をつかまえない限り「前年と同じ」はあり得ない。
そのためには人に会わなければならない。
会っただけではだめで、ファンになってもらいたい。
簡単ですか?
簡単じゃないですよ。

名刺を交換する。50人もの人と会う。いや、たった50人……。
いつ、どこで、どういうことでその人と会い、話したことを覚えていますか?
私なんか、きのうしたことすら思い出せないことがある。
人と会うというのは(本来は)印象の強いものです。
だから、数日くらいなら記憶がある。
しかし、3か月後にもう1度会ってご覧なさい。
どのくらいの人を覚えているか。

覚えていることは大変だし、覚えていてもらうことはもっと難しいですよ。
名刺をもらったらもらいっぱなしにせず、何かアクションする。
この当たり前のことができていますか?
「当たり前」って、そうするのが商売を考えるなら当たり前なのです。

会った日付と場所、その人の特徴や印象、話したことの概略、
そしてA、B、Cのランク付けも必要。
人脈を広げる上でキーマンになりそうかどうかですね。

一方、「覚えていてもらう」はなかなかやっかいです。
最も有効なのは「最高の笑顔」で名刺を手渡すこと。
私はこれができなかった。
だから親しくなった誰に聞いても、私の初対面の印象は
「怖い人だと思った」
10人が10人そういう印象を持ったのだとすれば(印象が強いという意味では)
『この手もあり?』と思えなくもないですが、やはりお勧めではないですね。
笑顔にまさる武器はなし!です。

さらに一言を加えて、相手の何かを誉めること。
これができれば最高に効果的です。
ほめられて嫌な気になる人はいない。
でも、この一言はやってみると難しいですよ。
別におべんちゃらを言えというわけではないのに、誉めるこちら側が照れてしまう。
あるいは、場違いな会話に思われないか、ドキドキしてしまう。
でも、「やってみなはれ」です。
やったことからしか答えは出ません。

そして、やり始めたら続けること。
誰でも大変で、くじけそうになる。
そこを続けるには勇気がいる、根性もいる。
覚悟がいるんです。
でも、それをやらなければ「圧倒的に勝つ」ことはできない。
(やめたくなる)自分に克たなければね。


追伸:先日の定例月例会の日に新聞掲載されました。ご報告まで


















posted by 山田壽雄 at 09:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月02日

出版記念パーティー




昨日、私の2冊目の著書『“非常識”社長の「維新」を起こす経営』(ミーツ出版)の出版記念パーティーが静岡市のホテルで開催されました。日曜日の宵、あいにくの雨中という条件にもかかわらず、多くの友人・知己が駆けつけてくれました。


いただいた祝辞はいずれも率直で鋭く、かつ温かく、こころに沁みるものでした。


そのことにまず、深く御礼申し上げます。










このパーティー、私が4月から始めた「山田経営維新塾」の塾生12人が発起人となり、実現したものです。そして発起人代表には、明治・大正・昭和を生き抜き日本資本主義の父と言われる渋沢栄一翁の5代目の子孫、渋澤健日本国際交流センター理事長が就いてくれました。地方の会社、一製茶会社の創業者に過ぎない私にこのような会はふさわしいとは思えず、当初は辞退しようかと考えたくらいですが、塾の一期生たちが言いました。


「いいではないですか。塾のことをもっと知ってもらうチャンスです。わたしたち自身が(塾長を)お祝いしたいんです」


これを聞いて、すべてお任せすることにしました。





実は、秀和システムという出版社から上梓した1冊目の著書『23年連続で増収増益 小さなNo.1企業の秘密』で私が第一番に言いたかったことは、「任せる経営」ということでした。


人を大切にする会社にしたい、社員さんを育て夢をもって働いてもらう、そのために社員教育に力を入れる、言いにくいことを言い、時に厳しく叱りもする。そういう中で、人を最も成長させるのは「すべてを任せる


ということに尽きます。


会社経営でもそうですが、これは言うのは易く、それを実行するのは難しい。落ち度があったらどうしようと考えてしまいます。切り抜ける方法はただ一つ、トップリーダーが起こり得るすべての事態に対して責任を負う覚悟を持つ、ということです。
でも今回、そのような覚悟は不用でした。
一期生12人は若・中・熟と世代も経験も異なりますが、バランスが取れていて、出会って3ヵ月の仲に見えないのです。チームワークよく、各自の役割を果たしてくれました。


司会を務めた女性も塾生です。一所懸命にやってくれ、その懸命さが会場に伝わりました。会の途中、フルートとハープのやわらかな二重奏が参会者の歓談を盛り上げてくれました。これも一期生たちの心にくい演出でした。





みなさんへのお礼のつもりが、主宰する塾の自画自賛になってしまいました。お許しください。
私は今年65歳になりました。少しばかり遅れた感じがしますが、夢を現実のものにするために新しい仕事を始めたのです。
会社経営を始めた37歳のとき、『売上100億円の企業に、そしてできれば上場したい』と思いました。残念ながら、私の器量でそれを実現させることはできませんでしたが、この間、私なりに掴んできたものがあります。


経営上の細かいノウハウ、時代の読み方、個々の対応方法からトップリーダーの在り方まで…。正直言って、自分自身が今なお“成長の途上”ですが、歳のせいでしょうか、自分が掴んできたものを伝えたくて仕方がないのです。
『“非常識”社長─』でもその一端を記しました。
さらに、そこから先があります。
経営者の人間力こそが最大の経営資源であり、成長していくためのカギであると思っています。逆に言えば、会社を運営していくすべての責任は社長が負わなければなりません。トップリーダーの責任は重い。そこを命がけで教えていきたい、と言うのが私の夢であります。


そのために選んだ方法が「山田経営維新塾」なのです。


橋下徹さんの「大阪維新の会」が有名になってしまい、「維新


の意味、すべてをあらためる、一新するという前向きの志向が、ややもすると別の意味に取られかねませんが、社長が変わり会社を変えるという強い意志を、「維新」という言葉にこめたつもりです。





私は65歳で自分の塾を開設しました。ミーツ出版株式会社の石川秀樹社長も62歳で創業です。石川さんとは不思議なご縁で、出会ってまだ7ヶ月の間柄ですが、相通じるものを強く感じています。反骨精神と言うのか、常識にとらわれないおおらかさと言うのか、この人といると「年齢の壁」というものを感じません。引き込まれるように「維新塾」のプレ講義である今度の本の出版をお願いした次第です。


彫刻家、平櫛田中(ひらぐし・でんちゅう)は「5060鼻たれ小僧、7080働き盛り、90でお迎えが来たら『100まで待て』と追い返せ」と言いました。さらに「男ざかりは100から100から」と豪語、100歳の誕生日を前に、30年分の彫刻材料を購入したと言います。107歳で生涯を閉じたこの田中翁に及びもつきませんが、塾生の中から上場企業の社長が誕生するまで、自分のエネルギーを注ぎたいと思っています。


出版記念のパーティーが盛況のうちに終了したことを感謝するとともに、これからの抱負を述べさせていただきました。













ありがとうございました。


すべてのことに感謝いたします。

posted by 山田壽雄 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月16日

渋澤健さんからの手紙


前回のメールで渋澤健さんの講義を振り返ってみました。
その渋澤さんから、先日、メールが届きました。
公益財団法人 日本国際交流センター(JCIS Japan Center for International Exchange)の理事長に就任した、というのです。

はじめ何気なく受け取ったのですが、「JCIS」をあらためて調べてみて、すごい団体だと知りました。

グラフィックス1.jpg日本国際交流センター(JCIE)──
「国際関係や地球的課題、政治・経済・社会など幅広い政策課題をめぐり、日本と諸外国の相互理解と協力関係を促進し、国際社会の発展に寄与することを目的として1970年に設立された民間の事業型財団です。東京とニューヨークに拠点を置き、国際的な政策対話・共同研究や政策提言、各種交流プログラム、企業市民活動の推進やNPO・NGO支援など、非営利・非政府としての立場から幅広い国際交流事業を実施しています」(ホームページより)

JCISが仕掛けた最初の会合が、1967年の下田会議です。米国からはマイク・マンスフィールド元駐日大使、ドナルド・ラムズフェルド前国防長官らが参加。日米両国における戦後初の民間政策対話となりました。
以来45年間、「市民外交」のエバンジェリスト(伝道師)と言われた山本正理事長の統率の下、さまざまな政策提言を行っています。
現在の理事は、安藤国威ソニー生命名誉会長、大河原良雄元駐米日本大使、小林陽太郎富士ゼロックス元会長、高須幸雄国際連合事務次長など、そうそうたる顔触れです。

渋澤健さんとは、米銀メリルリンチの社員を介して知り合いになりました。その友人が渋澤さんと投信会社であるコモンズ株式会社を立ち上げたことでさらに親しくなり、渋澤さんが静岡に立ち寄るたびに会食をするようになったのです。歳は一回り以上離れていますが、何となく気が合うんですね。
「山田経営維新塾」を開くと決めた時、「特別講師として来てくれませんか?」とお願いしてみました。渋沢栄一翁の5代目は、翁の笑顔もかくやという感じで、快諾してくれたのでした。
そして今回、わたしの2冊目の著書『“非常識”社長の「維新」を起こす経営』(ミーツ出版)の出版を記念して行うパーティーの発起人代表をも務めて下さることになりました。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

一般社団法人「山田経営維新塾」
HP : http://www.yamadajuku.jp/
Blog : http://yamada-hisao.seesaa.net/

山田経営維新塾メールマガジンバックナンバー
http://yamadajuku.blogspot.jp/

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
posted by 山田壽雄 at 16:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月14日

静岡新聞3週連続ベストセラーランキング第一位を獲得する事が出来ました

わたしの2冊目の本
「“非常識”社長の『維新』を起こす経営」(ミーツ出版)
が、おかげさまで昨日の静岡新聞の読書欄『今週のベストセラー』
3週連続で1位
を獲得する事が出来ました。

皆さんの応援の賜物です。
そして沢山のメッセージありがとうございます。
皆様の感想や応援を大切に読ませて頂き、皆様のお言葉に改めて身が引き締まる思いです。
そして本当に「感謝」申し上げます。
ありがとうございました


ベストセラーランキング2.jpg


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

一般社団法人「山田経営維新塾」
HP : http://www.yamadajuku.jp/
Blog : http://yamada-hisao.seesaa.net/

山田経営維新塾メールマガジンバックナンバー
http://yamadajuku.blogspot.jp/

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「非常識社長の維新を起こす経営」
アマゾンにてご予約可能
発売日には、お近くの書店でもお買い求め頂けます。
http://www.amazon.co.jp/%E9%9D%9E%E5%B8%B8%E8%AD%98%E7%A4%BE%E9%95%B7%E3%81%AE%E7%B6%AD%E6%96%B0%E3%82%92%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%99%E7%B5%8C%E5%96%B6-%E5%B1%B1%E7%94%B0-%E5%A3%BD%E9%9B%84/dp/4896102347/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1336989767&sr=8-1


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

社団法人「山田経営維新塾」

事務所住所
〒420-0034 静岡市葵区常盤町一丁目
8番地の6アイワビル7F
事務局(担当:岡田)yamadajuku@live.jp
塾長:master@yamadajuku.jp
電 話    054-653-3607
ホームページ http://www.yamadajuku.jp/
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
posted by 山田壽雄 at 06:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月09日

なぜ今、渋澤栄一か パート2


前回は渋沢栄一翁を紹介するだけで終わってしまいました。
今回は、渋澤健さんの講義を振り返ってみます。
澁澤健さんは言います。「歴史は繰り返さないが、波のようなうねりがある」と。
その上で近代の歴史を1990年から30年ごとに遡(さんのぼ)って示してくれました。

1990年→1960年 高度成長の時代。ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われ繁栄した30年。
1960-年→1930年 破壊された30年。太平洋戦争があり、空襲で焼け野原にされ、原爆を2つも落とされた。終戦を迎える1945年までの15年間は、結果的にみるとまことに悲惨な失われた15年でした。
1930年→1900年 近代日本の構築期。不平等条約改正に向けて、国を挙げて西欧化を図っていた時代。この時代は自信が芽生えてきた勃興期であります。
1900年→1870年 1868年、日本は明治維新を迎えました。1853年の黒船来航から、最後は鳥羽伏見の戦いまで激しい抗争の時代を15年も経ての「近代化」の夜明けです。「維新」は「これ新たなり」という意味ですから、明治維新となって一気に明るくなったようにわたしたちは感じていますが、この時代は旧弊を破壊し新しい制度を作っていく“破壊”の時代でした。1877年(明治10年)には西南戦争が起きています。維新の立役者、西郷隆盛を斃(たお)す戦いだから「内戦」です。明治政府がこれを抑え、ようやく日本は安定期を迎える準備ができたのです。大日本帝国憲法発布は1889年、議会政治にこぎつけるまでさらに12年を要しています。ようやく落ち着きかけたときに清国との戦争(1894年)。旧秩序の完膚なき破壊と、近代化の礎たる「建設」(建物も制度も)が交錯したまことに壮絶な時代でありました。

30年と言うと「一世代」でしょうか。ここまで、破壊→繁栄→破壊→繁栄と来て、次の30年(1990年→2020年)はどうやら「破壊の時代」。すでに22年が経っています。バブルの絶頂期が1990年(ちなみにベルリンの壁が崩壊し東西ドイツの統一が成ったのがこの年)、そこから22年間の長い下り坂が続いています。あと8年間、どんな破壊があるのでしょう。次の時代へ、繁栄の芽を掴むことができるでしょうか。
澁澤健さんは、「原点に還(かえ)れ」と言います。
澁澤さんの原点とは「渋沢栄一」です。
健さんから5代前の渋沢栄一は、1840年(天保11年)から1931年まで、江戸・明治・大正・昭和と4つの時代をまたぎ91歳の長寿を全うしました。1931年と言えば満州事変が勃発した昭和6年です!
先の30年1区分説で言えば、健さんが例示されたさらに30年前、江戸幕府最後の繁栄期に栄一は青春を送り、尊王攘夷からやがて開国へと向かう維新前史で血が沸き立つような経験をしました。そして明治、大正期、日本がまだ「経済」という言葉さえ知らず、仕組みもわからなかった時代に経営の才を見せ、獅子奮迅、近代日本の基を築いてきたのです。

前回、渋沢栄一は侍出身ではなかったものの、心意気の点ではサムライそのものでした。心にあるのは「わたくしの利益」ではなく、西欧列国に伍していく近代日本の建設です。しかも有司専制(政府の中枢=維新の立役者である少数の政治家が議会に諮らず物事を決めていく状態)の時代に、政治家でも高級官僚でもない、一民間人の渋沢が、実業を興すことで国が進むべき道を拓(ひら)いていったのです。維新の創業に心ならずも後れをとった自分の「運」を逆手に取るように、野に在りながら既成概念や政治の思惑にとらわれることなく、次々と新しい会社、産業に手を染めていったのです。
実力的に言えば、大三菱を創業した岩崎弥太郎に引けをとらなかったでしょう。しかし渋沢家は、健さんを見ても財閥にはほど遠い財産しか持っていません。お金を稼ぎ、個人の富を増やすことが幸福であるとは思っていなかったからでしょう。
そのことを澁澤健さんは「論語と算盤」という渋沢栄一の言葉を使って説明しています。1人が富豪になることにより、社会の多数が貧困に陥るとすれば、それは持続性のある社会(サステナブルな社会)ではない、と。1人が富んでもそれは「最大多数の最大幸福」にはつながらないということです。今の政治家や経営者に渋沢さんの爪のアカを煎じて飲ませたいくらいです。
渋沢栄一は稀代の警世家でもあります。
「元気振興の急務」と言ってますね。人間はとかく枠の中に閉じこもりたくなる。中にいる方が慣れているし安全に思える。しかし、枠から飛び出さないと枠そのものが小さくなっていることに気がつかない。
「大正維新の覚悟」などとも言います。大明治が終わると大正モダニズムが花開き、一見豊かな時代を迎えたように思えるけれども、実態は『守りに入っている』と見ます。保守退嬰(たいえい)の風。「このまま行くと将来、大いに憂うべき結果が生じないとも限らない」と警告しました。

では、新しい時代に求められるリーダーシップとは何でしょう。
一言でいえば「知・情・意」です。澁澤健さんは『オズの魔法使い』を例に引き、その点を説明してくれました。ドロシーを助ける“3人”、かかしはワラで出来ているので「頭」がない、ブリキの木こりは空洞だから「心」がない、そして臆病なライオンは「勇気」を持ち合わせていない。足りないもの、それは知・情・意です。3人はドロシーを助けることで欠けていたものを取り戻します。
これは、リーダーは知・情・意のどれ一つを欠いてもダメなことを象徴している話です。しかも、誰かにやってもらうのではなく、一人ひとりが知・情・意に基づいて自ら行動を起こさなければならないのです。
明治の人と現在の日本人とDNAが異なるわけではない。素質はあるけれども、今はスイッチがオフになっている。眠っている可能性にスイッチを入れなければなりません。
──行動を起こす条件とは?
澁澤健さんはこれも論語を引き合いに出して説明してくれました。
知之者不如好之者
好之者不如樂之者
(これを知る者はこれを好む者に如かず
 これを好む者はこれを楽しむ者に如かず)
行動を起こすためには、@物事を深く知ることが大事です、Aしかし単に知るだけでは足りません。好きであることの方が大事で、工夫はその中から生まれます。Bさらに、好きであるだけでなく「楽しめる心境」になれれば鬼に金棒。

歴史は繰り返しません。しかし波がうねり伝わるように、歴史を少し高い視野から見れば次の時代状況を予測することができます。
原点回帰は「リセットする」という意味です。しかし、すべて旧に復すればよいということではなく、歴史に学んだ経験を生かして知・情・意を総動員して自ら行動すること。
経営者が心に刻んでおかなければならない教えです。
posted by 山田壽雄 at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月04日

なぜ今、渋澤栄一か

なぜ今、渋沢栄一か

山田経営維新塾3回目の講義にお招きしたのはコモンズ投信株式会社の渋澤健さんでした。
明治時代、日本の資本主義がまだよちよち歩きの時代にその基礎を築いた渋沢栄一翁の玄孫(やしゃご)と言った方が分かりやすいかもしれません。
維新塾の塾生は、もちろん「渋沢栄一とは何か」を予習してきていますよね?

渋澤さんは投資信託を運用していますから、バリバリ現役のビジネスマンです。 “生き馬の目を抜く”と言われる世界、株や債券、為替は国際化していますから24時間市場が眠るときはありません。厳しいマネーの世界を生きています。でもどうでしょう、そんなピリピリした感じがしたでしょうか。急ぎ足で塾生たちに伝えたかったのは、「マネーに生きるとは何か」ではなく、「現代に生きる渋沢栄一」でありました。

渋沢栄一は江戸幕末、農家の生まれだと言われます。しかしわたしが翁から感じるのは、烈々たる古武士の風格です。
元々が尊王攘夷の志士になろうとした人です。黒船来航。江戸幕府は列国(特にアメリカ)の強圧を恐れ外交で妥協を重ねます。異国、何するものぞ、日本中の有意の人たちの意気が沸騰しました。若き栄一もその一人。幕府は井伊直弼が大老になり攘夷論を力で抑え込もうとする(安政の大獄)。この頃渋沢らは、高崎城を乗っ取り、その勢いで横浜を焼き討ちして外国人をなで斬りにするという信じられないような計画を立てています。熱い熱い倒幕の思いというのでしょうか。無論、死ぬ覚悟をもっての計画です。

幸運なことに、この計画は日の目を見ることなくとん挫しました。逃亡浪人の日々の中で、伝手を頼って仕官したのが徳川慶喜公(最後の将軍になった人)です。運命のいたずらというのか、こと志しとさかさまに腐った幕府を支える側に回るのです。しかし公が将軍職を引き受けようというときには、筋を通して大反対。腐った大樹は滅びるままにするがいい、下手に火中の栗を拾うと公自身が大やけどをするという読みです。しかしその説得は功を奏さない。今日やめようか、明日やめようかと思案しているときに降ってわいたのがフランス洋行の話でした。慶喜公の弟、幼年の昭武(後に最後の水戸藩主になる)の養育掛かりとしてパリ万博に出向き、その後、留学生活の供をせよとのお達しです。勇躍、ヨーロッパに向かいます。
在仏中に徳川幕府は大政奉還、そして鳥羽伏見の戦いを経て幕府崩壊、明治新政府誕生となりました。渋沢栄一と言う人、運がいいのか悪いのかさっぱりわかりません。
一つだけ言えるのは、いつでも冴えわたっていたのは「経済・経営の才」だということ。

帰国後、栄一は慶喜公が逼塞(ひっそく)する静岡に向かいます。ここで取り組んだのが「商法会所」の設立。明治新政府の発行する新紙幣を使って物産を買い、後にその物産を売って利益を得るという戦略的な組織。新紙幣には信用がないからやがて物価は上がる。そこで売り抜ければ…、という商才が見事に当たるわけです。新政府から押しつけられた紙幣を活用したのは静岡藩だけだった、と言われています。

やがて栄一は新政府に引き抜かれて大蔵省に出仕。大阪造幣局の創設や公債の発行など貨幣改革をやってのけた後、民間に下ります。元々が攘夷の志士あがり。運命のいたずらで最後の将軍に仕えたものの、心は『この国のために尽くしたい』。しかし、新政府創建では立ち遅れてしまった。後塵を拝するのは潔しとしない。
と言うわけで、心はやはり「野に在り」となります。

明治政府は中央集権政府であり、有司専制ですから“人材”は官に集中、民間にこれぞと言った人がいないわけです。政府がいろんな施策をして国を富ませたいと思っても、民間の実戦部隊がいない。そこで渋沢翁が次々と新規事業立ち上げにかかわっていきます。

結果、手掛けた会社は470以上にも上りました。日本初の銀行・第一国立銀行をはじめ東京ガス、東京海上火災保険、王子製紙(現王子製紙・日本製紙)、田園都市(現東急電鉄)、秩父セメント(現太平洋セメント)、帝国ホテル、京阪電気鉄道やキリンビール、サッポロビール、東洋紡績などなど。今に残る名門企業が多い。それに加えて、東京証券取引所なども創設している。マネーの流れに株式は不可欠、ということをこの時代に見抜いていました。だから「株式会社の祖」なんですね。結局、渋沢翁がやったのは「日本資本主義の基礎工事」です。つくった会社は株式会社もあれば組合もある、合資会社もありますが、総じて「日本資本主義の父」と言われます。

渋沢栄一の事績を説明しているうちに、メルマガの紙数が尽きてしまいました。
ここには書きませんでしたが、渋沢栄一は武士ではないのに『斬るか斬られるか』の強談判(こわだんぱん)を何度かやっています。そういうところにわたしは渋沢の「反骨精神」を強く感じます。そしてその人がたまたま、人に抜きん出て計数に強かった。しかも中央精神(立身出世主義)ではなく、心は在野にあった。この時代、ややもすると「経済」は「もうけること」と同視され、一段も二段も低いものと思われていた。しかし富国のためには経済の基盤はなくてはならなかった。そういうときに「渋沢」という特異な個性の人が「民の側」にいた。明治と言う時代の幸運を、そんなところにもわたしは見るのです。
posted by 山田壽雄 at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月28日

静岡新聞の読書欄『今週のベストセラー』ランキング初登場で1位を獲得する事ができました

わたしの2冊目の本
「“非常識”社長の『維新』を起こす経営」(ミーツ出版)
が、おかげさまで昨日の静岡新聞の読書欄『今週のベストセラー』
ランキング初登場で1位
を獲得する事が出来ました。
これも単に皆さんの応援してくれたおかげです。ありがとうございました。








皆さんから沢山のメッセージに感動しています。何度も読み返して頂けた方、最後の一文まで読んで頂けた方々等々、本当に皆様の感想メッセージ、心より感謝申し上げます。
この感謝の気持ちを皆様にもお伝え致したく、ブログを書かせて頂きました。
改めて自分自身もこの皆様からのお言葉に感謝の気持ちを自分自身の糧とし邁進していきたいと思います。
まだお読みになっていらっしゃらない方は是非お読みになってください。
お読みになられた方は、お友達やお知り合いの方々にご紹介頂けたら幸いです。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

一般社団法人「山田経営維新塾」
HP : http://www.yamadajuku.jp/
Blog : http://yamada-hisao.seesaa.net/

山田経営維新塾メールマガジンバックナンバー
http://yamadajuku.blogspot.jp/

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

社団法人「山田経営維新塾」

事務所住所
〒420-0034 静岡市葵区常盤町一丁目
8番地の6アイワビル7F
事務局(担当:岡田)yamadajuku@live.jp
塾長:master@yamadajuku.jp
電 話    054-653-3607
ホームページ http://www.yamadajuku.jp/
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
posted by 山田壽雄 at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月22日

旭天鵬関(友綱部屋)が初優勝を飾りました。

大混戦となった大相撲夏場所は千秋楽の20日、旭天鵬関(友綱部屋)が初優勝を飾りました。「信じられないし、(賜杯は)重たかった。色々な人に支えられた結果。優勝した瞬間は真っ白になった」。と謙虚に語る姿はとても印象的でした。

大相撲界で躍進するモンゴル人力士に道を開いた先駆者は、史上最年長となる37歳8か月での初優勝に、何度も涙をぬぐう旭天鵬関に感動し、また、旭天鵬関が「日本のパパ」と慕う、大島親方(元大関旭国)として指導した元師匠の太田武雄さん(65)に、とにかくお祝いをお伝えしたいと思い、またこの事を皆さんにもお伝えしたくブログとしても掲載させて頂きます。

1992年に元小結旭鷲山らとともに来日し、モンゴル人初の力士に。稽古の厳しさに耐えきれず、モンゴル大使館に逃げ込んだこともあるそうですが、長年の努力の甲斐もあって、この様な結果を残されたのだと思います。

大島親方と私は、長きに渡り、交流のある角界の親方であり、私にとっては、同じ年齢ではありますが、よき師匠でありました。

001-1.gif
2-1.gif

この写真の私は3年前ですが、体重が74kg、主治医の田中先生から、とにかく健康になりたいのなら、痩せなさいと言われてたいたものの、なかなか実行に移す事が出来ないままでしたが、大島親方の進めもあり、ウォーキングと食事療法のダイエット一大決心をし、現在は、12kg減の62kgまで減量する事に成功いたしました。
(主治医の田中先生と管理栄養士の森田さん、大島親方、そして妻に感謝)
この成功は、よき指導者の教えをしっかりと聞き、コツコツと積み重ねた結果が成功に繋がったと思っています。
これは旭天鵬関の優勝にも同じ指導者、同じ教えがあったのだと思うと、指導するという事がどれだけ大切な事なのかを、改めて実感する良い機会でした。
私も現在、これからの時代を担うリーダー達に指導する立場にあります。このリーダー達に必ず圧倒的な結果と成功を体験してもらう環境整備が私の責務と感じた出来事でございました。

本当に旭天鵬関おめでとうございます。
また大島親方、流石です。改めておめでとうございます。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「非常識社長の維新を起こす経営」
アマゾンにてご予約可能
発売日には、お近くの書店でもお買い求め頂けます。
http://www.amazon.co.jp/%E9%9D%9E%E5%B8%B8%E8%AD%98%E7%A4%BE%E9%95%B7%E3%81%AE%E7%B6%AD%E6%96%B0%E3%82%92%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%99%E7%B5%8C%E5%96%B6-%E5%B1%B1%E7%94%B0-%E5%A3%BD%E9%9B%84/dp/4896102347/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1336989767&sr=8-1


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

社団法人「山田経営維新塾」

事務所住所
〒420-0034 静岡市葵区常盤町一丁目
8番地の6アイワビル7F
事務局(担当:岡田)yamadajuku@live.jp
塾長:master@yamadajuku.jp
電 話    054-653-3607
ホームページ http://www.yamadajuku.jp/
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

一般社団法人「山田経営維新塾」
HP : http://www.yamadajuku.jp/
Blog : http://yamada-hisao.seesaa.net/

山田経営維新塾メールマガジンバックナンバー
http://yamadajuku.blogspot.jp/

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
posted by 山田壽雄 at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月17日

”非常識”社長の「維新」を起こす経営

人づくり 夢づくり ファンづくり

わたしの2冊目の本が間もなく書店の店頭に並びます。
「23年連続増収増益 “非常識”社長の『維新』を起こす経営」(ミーツ出版)
「維新」は惟(これ)新たなりという意味。すべてを根本から変えようという強い意志です。この文字をこの本のキーワードになります。

実は、もう一つのタイトルがわたしの中にはありました。
「人づくり 夢づくり ファンづくり」
本書の狙いは、強い中小企業をつくること、苦境に負けない圧倒的な業績を上げる企業を育てることにあります。強い企業は、すべての中小企業経営者の願いだと思います。しかしそんな企業は滅多にない。
ではどんな企業なら「強い企業」になれるのでしょうか。
人づくりです。1に人づくり。経営者自身がひとかどの人にならなければなりません。
2番目に、社員さんが夢をもてる会社でなければ強い会社にはなりません。
1と2ができたとき、その会社の顧客はファンとなり事業を後押ししてくれる。
だから「人づくり 夢づくり ファンづくり」なんです。

このタイトルを提示したとき、ミーツ出版社長の石川秀樹さんは一瞬、首を傾げました。『売れない』と思ったのでしょう。石川さんは静岡新聞社の編集局長、出版担当責任者を歴任したプロの編集者です。その人がにこやかに笑いながらも、納得しない顔をしている…。
『これは、無理かな』と思いました。
ピーター・ドラッカーや松下幸之助翁の著書なら、読者の側に「人を大切にする経営」という認識がありますから分かってもらえたかもしれません。しかしわたしは地方の製茶会社の経営者。会社も自分も「知名度」うんぬんを言えるほど知られていません。
そこで「人づくり 夢づくり ファンづくり」を包含する言葉が何かないか、考えました。「一新させる」が浮かびました。トップリーダーが変わると、すべてが変わってくるのです。そこて「一新させる」のさらに強調形として「維新」をタイトルに入れたのです。
経営者自身が今までの自分を捨てるくらいの変身を遂げる、それが会社の最終目標、社員とお客様の幸福につながる第一歩だからです。。

人生を変えたい、会社そのものを変えたい。
言うは易く、です。
会社を預かる人なら、誰しもそう思って不思議はない。自己変革のためにさまざまなセミナーに参加し、講演を聞く。『よし!』と思ってモチベーションが上がる。『自分を変えるぞ』と思う。しかし、3日坊主ならいい方で、1晩たち2晩過ぎて、昼間は会社の雑事に追われ、夜は酒で疲れを癒しているうち「志」「決心」はどこかに行ってしまう。

わたしは55歳で社長を譲り、以来10年間、地元の中小企業の経営相談に乗ってきました。
みなさん同じことをおっしゃいます。
「売り上げを上昇させる、いい方法を教えてください」
「正解」がないわけではありません。どんなに厳しい事態、苦しい状況であっても、現実を直視し、考えて考えて考え抜けば、必ず最適の「解」を得ることができます。
ここ十数年、デフレが続き、中小零細企業にとっては厳しい経営環境が続いています。公共事業の減少、中国・東南アジア製品の台頭、円高、さらに震災の影響などなど。悪い状況が重なり、受注・利益の減少に苦しんでいる会社も多い。それとても、苦境脱出の方策がないではないのです。
年間100件くらい、そういう案件を考えてきました。
つくづく『中小企業は苦しいなぁ』と思います。ホッとしたのもつかの間、越えても超えても次の大波が来る。また戦略の練り直し。まるで賽(さい)の河原の石積みのような気さえしてきます。
──なんとかこの無限地獄から逃れられないものか。

その方策が、先ほど来お話している「維新」なのです。
自分を変える。人間力を磨き、社員さんに感謝をする、お陰さまと思う、そして社員さんを幸せにすることが自分の第一の使命であることに気づく。気づいたら、気づいたまま即実行する。それを続ける。途中で投げ出さず社員さんを信頼し続ける。

しかし、この自己変革はたいへん難しい。自分に妥協してしまうのが人間です。だから師匠と仲間がいるのです。
わたしは65歳になりました。人生、後半です。流して生きることができるかもしれない。家内もその方が安心するでしょう。しかし、中小企業の現実を連日のように見ていると、何とかしなければと思います。小手先ではだめです。会社自体が強くなっていないと、経営者が1人きりきり舞いしても、その苦境乗り切り体験も『良かった』『生き延びられた』『やれやれ』で終わってしまい、会社自体の強さにつながっていきません。
経営者自身が変わり、会社の体質を変えていかなければなりません。

1人では無理でしょう。
そこでわたしは4月から「山田経営維新塾」を始めたのです。
経営者自身を変える塾です。1回や2回の座学で人は変わりはしません。だから12回やります。毎月1回、ホテルにカンヅメになって講義と実習をしていきます。
師匠がいて仲間がいる。そういう環境の中で「自分を変えていく」のが塾の狙いです。
もちろんビジネスのノウハウも教えます。しかし、経営は答を聞いてそれで終わりではない。自ら考えられ、新しい事象に対処できるようにならなければならない。
厳しい演習によって、それを身に付けてもらいます。

この本は、著者自身の思いとしては「経営維新塾」のプレ講義だと思っています。
▽起業のすすめから説き起こし、▽リーダーの心構え、▽経営理念(会社の軸)の大切さ、▽停滞せずイノベーションを起こすことの必要性を述べた後、▽売り上げを伸ばす法や▽二者択一でなく『第3の道』を選ぶことが危地脱出のカギであることを例をあげて説明、最後に▽社員の育て方、▽後継者をどう育てるか−など中小企業経営ですぐ役に立つ具体的な事例を紹介しました。

中小企業の経営においては、経営者自身が切り札でありイノベーターです。何をやるにせよ、社員の幸福と期待を担っており、全員をまとめて成果を出さなければなりません。
この本が経営を担う人にとっての指針になること、リーダーを支えるすべての人に何らかの気づきの機会を与えられるとすれば、著者としてこれ以上の喜びはありません。


posted by 山田壽雄 at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

”非常識”社長の「維新」を起こす経営

人づくり 夢づくり ファンづくり

わたしの2冊目の本が間もなく書店の店頭に並びます。
「23年連続増収増益 “非常識”社長の『維新』を起こす経営」(ミーツ出版)
「維新」は惟(これ)新たなりという意味。すべてを根本から変えようという強い意志です。この文字をこの本のキーワードになります。

実は、もう一つのタイトルがわたしの中にはありました。
「人づくり 夢づくり ファンづくり」
本書の狙いは、強い中小企業をつくること、苦境に負けない圧倒的な業績を上げる企業を育てることにあります。強い企業は、すべての中小企業経営者の願いだと思います。しかしそんな企業は滅多にない。
ではどんな企業なら「強い企業」になれるのでしょうか。
人づくりです。1に人づくり。経営者自身がひとかどの人にならなければなりません。
2番目に、社員さんが夢をもてる会社でなければ強い会社にはなりません。
1と2ができたとき、その会社の顧客はファンとなり事業を後押ししてくれる。
だから「人づくり 夢づくり ファンづくり」なんです。

このタイトルを提示したとき、ミーツ出版社長の石川秀樹さんは一瞬、首を傾げました。『売れない』と思ったのでしょう。石川さんは静岡新聞社の編集局長、出版担当責任者を歴任したプロの編集者です。その人がにこやかに笑いながらも、納得しない顔をしている…。
『これは、無理かな』と思いました。
ピーター・ドラッカーや松下幸之助翁の著書なら、読者の側に「人を大切にする経営」という認識がありますから分かってもらえたかもしれません。しかしわたしは地方の製茶会社の経営者。会社も自分も「知名度」うんぬんを言えるほど知られていません。
そこで「人づくり 夢づくり ファンづくり」を包含する言葉が何かないか、考えました。「一新させる」が浮かびました。トップリーダーが変わると、すべてが変わってくるのです。そこて「一新させる」のさらに強調形として「維新」をタイトルに入れたのです。
経営者自身が今までの自分を捨てるくらいの変身を遂げる、それが会社の最終目標、社員とお客様の幸福につながる第一歩だからです。。

人生を変えたい、会社そのものを変えたい。
言うは易く、です。
会社を預かる人なら、誰しもそう思って不思議はない。自己変革のためにさまざまなセミナーに参加し、講演を聞く。『よし!』と思ってモチベーションが上がる。『自分を変えるぞ』と思う。しかし、3日坊主ならいい方で、1晩たち2晩過ぎて、昼間は会社の雑事に追われ、夜は酒で疲れを癒しているうち「志」「決心」はどこかに行ってしまう。

わたしは55歳で社長を譲り、以来10年間、地元の中小企業の経営相談に乗ってきました。
みなさん同じことをおっしゃいます。
「売り上げを上昇させる、いい方法を教えてください」
「正解」がないわけではありません。どんなに厳しい事態、苦しい状況であっても、現実を直視し、考えて考えて考え抜けば、必ず最適の「解」を得ることができます。
ここ十数年、デフレが続き、中小零細企業にとっては厳しい経営環境が続いています。公共事業の減少、中国・東南アジア製品の台頭、円高、さらに震災の影響などなど。悪い状況が重なり、受注・利益の減少に苦しんでいる会社も多い。それとても、苦境脱出の方策がないではないのです。
年間100件くらい、そういう案件を考えてきました。
つくづく『中小企業は苦しいなぁ』と思います。ホッとしたのもつかの間、越えても超えても次の大波が来る。また戦略の練り直し。まるで賽(さい)の河原の石積みのような気さえしてきます。
──なんとかこの無限地獄から逃れられないものか。

その方策が、先ほど来お話している「維新」なのです。
自分を変える。人間力を磨き、社員さんに感謝をする、お陰さまと思う、そして社員さんを幸せにすることが自分の第一の使命であることに気づく。気づいたら、気づいたまま即実行する。それを続ける。途中で投げ出さず社員さんを信頼し続ける。

しかし、この自己変革はたいへん難しい。自分に妥協してしまうのが人間です。だから師匠と仲間がいるのです。
わたしは65歳になりました。人生、後半です。流して生きることができるかもしれない。家内もその方が安心するでしょう。しかし、中小企業の現実を連日のように見ていると、何とかしなければと思います。小手先ではだめです。会社自体が強くなっていないと、経営者が1人きりきり舞いしても、その苦境乗り切り体験も『良かった』『生き延びられた』『やれやれ』で終わってしまい、会社自体の強さにつながっていきません。
経営者自身が変わり、会社の体質を変えていかなければなりません。

1人では無理でしょう。
そこでわたしは4月から「山田経営維新塾」を始めたのです。
経営者自身を変える塾です。1回や2回の座学で人は変わりはしません。だから12回やります。毎月1回、ホテルにカンヅメになって講義と実習をしていきます。
師匠がいて仲間がいる。そういう環境の中で「自分を変えていく」のが塾の狙いです。
もちろんビジネスのノウハウも教えます。しかし、経営は答を聞いてそれで終わりではない。自ら考えられ、新しい事象に対処できるようにならなければならない。
厳しい演習によって、それを身に付けてもらいます。

この本は、著者自身の思いとしては「経営維新塾」のプレ講義だと思っています。
▽起業のすすめから説き起こし、▽リーダーの心構え、▽経営理念(会社の軸)の大切さ、▽停滞せずイノベーションを起こすことの必要性を述べた後、▽売り上げを伸ばす法や▽二者択一でなく『第3の道』を選ぶことが危地脱出のカギであることを例をあげて説明、最後に▽社員の育て方、▽後継者をどう育てるか−など中小企業経営ですぐ役に立つ具体的な事例を紹介しました。

中小企業の経営においては、経営者自身が切り札でありイノベーターです。何をやるにせよ、社員の幸福と期待を担っており、全員をまとめて成果を出さなければなりません。
この本が経営を担う人にとっての指針になること、リーダーを支えるすべての人に何らかの気づきの機会を与えられるとすれば、著者としてこれ以上の喜びはありません。
posted by 山田壽雄 at 08:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月14日

山田経営維新塾


第2回山田経営維新塾、午後最初の講義にお招きしたのは有限会社岡むら浪漫の社長、岡村佳明さんです。facebookでユニークな書き手として多くのファンをもつ人でもあります。
きれいな茶髪にネックレス、その上にストールを巻いて登場です。
おしゃれが洗練されていて、わたしなどとうてい真似ができません。

今回のタイトルは「成幸の法則」です。
岡村さんの話は、どこを切り取っても感動の連続でした。
なぜそうなるのか、タイトルが文字通り語っていたのではないでしょうか。
「せいこう」はふつう「成功」と書きます。
功を成す、成績を上げる、功を立てる、何かを成し遂げる…。
岡村さんのは「成幸」です。
幸(さち)が成る、とはどういうことでしょう。
幸福になる。つまり自分が幸せになる、のも成幸の1つ。
その一方、成幸には「幸福をあげる」「幸せにしてあげる」とのニュアンスも感じられます。
自分が幸せになるだけではなく、その幸せを他者に広げる。
岡村さんの店のコンセプトはそこにあるように感じます。

お店は居酒屋です。お母さんの店を継ぎました。
「23歳のころから店を手伝い始めた」と言っていますから、お母さんの後姿を見ています。
岡村さんの良さは、ある時点で「おふくろさんのえらさ」を認めたことにあります。
「35歳になるまで海と遊んでいた」と言います。サーファーでした。
お店を手伝い始めたのも、他で長続きしなかったから。
大の大人がいつまでもブラブラしているわけにもいなかったからでしょう。
わたしは『このお母さんがえらかった』と思います。
息子がプー太郎なら、普通の親なら口うるさく注意するでしょう。
それをしない。我慢したのか、いや、待っていたのでしょう。
息子を信じていたのではないでしょうか。
一心不乱に波と格闘している息子に、何かを感じていたのかもしれません。

それでこんなことを言い出すのです。
「死ぬまでにもう一度、この店を建て直したい」
だが息子は気が付かない。見かねて言ったのは常連客です。
「お前はいつまでたってもバカヤローだ。しーぼう(お母さん)が言いたいのは、お前に一人前になれってことだ。そんなことも分からないのか」
お母さんの苦肉の「間接暗示」を見事に直接的な言葉に翻訳してくれたのです。
甘えていた自分にようやく岡村さんは気づいたんでしょう。
一念発起。「50歳まで遊びを封印する」と誓います。

ここからが岡村さんの商売人としての真骨頂です。
ただ親の跡を継ぐんじゃない。『店をはやらせたい』と思う。
日本中の超繁盛店を見に行きます。
この辺が『男だな』と感じるところ。
『どうだ』と言いたかったんじゃあないでしょうか。
成功して、おふくろさんにほめられたいんです。

繁盛店には繁盛する理由がある。それぞれの店にそれぞれの理由。
しかし、ピンと来なかった。岡村さんは真似をしない。
あれこれ思案をめぐらしているときに気が付いたのは、
『あの店、俺、通ってるな』と、ある店を思いだした。
何が魅力なんだろう。酒のうまさ?料理?店の雰囲気?ロケーション?
そして『あっ、人だったんだ』と気が付いた。

岡村さん、この点は実にさらっと言っていましたね。
でもこの「気づき」は岡村さんという人を変えた。それが尋常ではない。
人を引き付けるのは「ひと」。
主人の人となり、店の人の感じ良さ、気取らない元気…。
この辺は言われて見れば確かにそうです。
しかし、この程度のことなら、ちょっとした繁盛店なら普通にある。
商売の原点、と言ってもいいくらいのものです。
岡村さんが気づいたのもその「原点」ですが、岡村さんのすごさは、そこからです。

──どうしたらリピーターを呼べるか、3割がまた来てくれればそこそこの店になる、人に来てもらいたい、人を集めたい。
誰しもそこに向けて戦略を立てます。しかし岡村さんは違った。
リピート率を高めることに全力を傾けるのです。

人を引き付けるなら自分がそういう人間になる、自分を磨く、勉強する。
従業員はほめて育てる、お客様から見られていることを意識させる。
そしてある日、店の看板を出さないことを決心する。
口コミがなければ店はつぶれる。
と言うことは、勝てる自信があったということ。

講義で岡村さんは、ツキについて話しました。
前向きに解釈すれば見方は180度変わること。
感謝についても語りました。
意地悪な上司こそ師であったこと。
フィリピンの貧しい子どもたちの「分かち合う」心根。
若く優秀な人が特攻で散った知覧のこと。
津波にのみ込まれる夫のガッツポーズ。みな感動的な話でした。

こういう話ができる岡村さんは素敵な人です。
しかし岡村さんをただ「良い人」と見るだけでは、塾生としては失格です。
岡村さんは自分のキャラクターをブランド化しています。
「いかに来てもらうかではなく、いかに帰ってもらうかだ」
それがおふくろさんが岡村さんに言わず語らずして伝えた“商売の極意”。

看板を出さない店を繁盛店にする、
そのために岡村さんは脳みそに汗をかくほど考え抜いているに違いない。
そして忘れてならないのは、若い日々にさんざん遊んだことの強み、です。
自然を相手に裸でぶつかり続けてきた。
いつでも丸裸になる覚悟がある、
だから岡村さんは母の教えを極限まで尖らせることができた…。

感動仕掛け人は、したたかに計算し勝負をかけることができる男でもあるのです。


山田経営維新塾は、
「人間力」を高める。
「感謝の心」「御蔭様の心」「思いやりの心」を大きなテーマのひとつとしています。
岡村さんの講義、相通じ共感しあえる心は同じである、塾生も感謝することを改めて実感してくれたことと思います。
始まったばかりの当塾に、岡村さんの「感じる心」と「感謝の心」に触れる機会を頂いたことに
心より感謝申し上げます。
posted by 山田壽雄 at 09:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月01日

山田経営維新塾

第1回山田経営維新塾、午後最初の講義には七福醸造株式会社の犬塚敦統(あつのり)会長をお招きしました。昭和16年生まれですから、わたしより5才年上、今年70歳を迎えられるはず。しかし1時間半の講義中、ただの1度も座らずに熱弁を奮われました。
 冒頭のミートロ―フの話にはドギモを抜かれました。「子どもたちに美しい地球を残すことを1番の使命」と明言している人ですから、大人たちのカネの亡者ぶりを腹に据えかねていたのでしょう。
ある食品会社から「100円のミートローフを作ってくれ」と言われた。こちらもプロだが、尋常な手段でそんな安い肉は手に入らない。そこで、ふだんは捨てているクズ肉を集めて脱臭脱色し、添加物で色付けをして市場に出すことにした。するとこれが大当たり、人気商品になる。ある日、評判を聞いた妻と娘が「お父さんのために」と夕食にそのミートローフを用意した。それを見たお父さんは『家族には食わせられない!』と、即座にそれをゴミ箱にたたき込む。『俺はこんなものを娘に食わせようとしていたのか』と、やがて会社退職の決意をする─それは、すごい話です。
 余った弁当の話も強烈です。突然の雨でイベントが中止。弁当が1000食余ってしまった。泣く泣く養豚業者に引き取ってもらう。翌日ブタたちはどうなったか。凶暴になって、隣のブタに飛びかかっていくという話。人間のエサは(良いものばかりを食べさせられている)肉用ブタには有毒、と言う笑えない話。いずれも添加物の怖さを物語っています。
 「お金のためには何でもありの国になってしまった…」犬塚会長は冒頭のきっかり15分を使って、わたしたちに食品業界のアブナイ話を話してくれたのでした。「健康で長生きしたけりゃ、○ン○○の食べちぁダメ!」─はい、キモに銘じておきます。
 犬塚会長とわたしは、(エピソードを手短に)  です。
 経営幹部に“自分磨き”をさせるためにトイレ掃除をさせる、という話は有名です。ここまで徹底して幹部にやらせる社長はいません。犬塚さんは「洗ったトイレの水を飲む」とまで言っている人です。
実はこの話、犬塚さんの専売特許ではありません。師匠がいます。
一倉定(さだむ)と言います。経営コンサルタントとして知る人ぞ知る存在。「ダメな会社はすべてトップが悪い」「人のせいにするな」と苛烈なまでに経営者を叱り追い込むため“炎のコンサルタント”と言われたりします。一倉教の“教祖”などと悪口を言う人もいますが、世の社長たちの信奉を集めるカリスマです。トイレ掃除を重視するのは中日元監督の落合博光さんがそうたし、北野武も京セラの稲森和夫さんもやる。例がないわけではないのです。そんな中、犬塚さんは「わたしはバカだから、先生の言われた通りにやってきただけ」と言い切ってしまう。そこがすごい。日本一の実践者です。
「飲むとなりぁね、こっちだって必死。ネジまで外して拭きますよ。ふつう排水口まで拭いても、その内側までは手を回さないでしょ。僕はやる。黄色いドロドロがいっぱい出てきますよ。完全になくなるまでやる」
 トイレの話が強烈過ぎて、他の話が耳に残っていないのでは?ちょっと、心配です(笑)。阪神淡路大震災で犬塚さんの会社がやった20日間にわたる炊き出しキャンペーンにわたしは感動しました。自分たちだって倒産しかねない環境の中で、より困った人たちのために動く。すると、材料を買いに行けば「ただならもってけよ(金を取らないということ)」「不良品だから持ってってくれ(かんぺきな商品だった)」と粋なやせ我慢。日本人のDNA、捨てたもんじゃないと、わたしなんかこんな話にも涙腺が緩んでしまいました。
 最近の日本は、何かと言うと「カネ、カネ、カネ…」。でも、切羽詰まったところに人間の本性が出てきます。今度の震災でも、やりきれないほどの政府のウソや政治家の非力、役人の無責任、加害企業の東電の傲慢など、憤懣やるかたない思いの中で、ふつうの人たちが「何かできないか」と当たり前のことをやろうとしている、そこに数々の感動的な話が生まれている。うれしくなりますよ。
 犬塚会長が言っていました。「ふつうで行くか、手抜きでいいか、それとも精一杯やっていくか。自分の生き方を決めろ。決めたらやり抜け。10年後、20年後、ものすごい差が付いている」と。
 トイレ掃除、あなたはやるでしょうか。話を聞いた直後、「よし、やるぞ」と思った人は多いでしょう。ところが帰りの懇親会でビールを飲んでガスを抜かれ、意欲がショボン…。それでも翌日から何人か、トイレ掃除を始めた人がいるのです。「バカだから言われた通りやってきた」という犬塚さんのセリフ、実はすごい言葉だった!
「やってみなけりゃ分からない」「やった者しか分からない」
何かに到達したいならやってみてください。続けなければ次は見えませんよ。
posted by 山田壽雄 at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。